1874 、印象派のはじまりの年です。この年に、当時の官展の"サロン"に対抗して、モネ、ルノワール、シスレー、セザンヌなどを中心に私的な展覧会が開かれました。第一回印象派展です。この時モネが発表した「印象・日の出」を、新聞記者が「印象的にヘタクソだ」と揶揄したことが、「印象派」の始まりと言われています。

ちなみにマネは、サロンで入選されることが正しいと考え、印象派展には参加していません。今回の「オルセー美術館展」では、そんなマネの「笛を吹く少年」に入場直後に出会えます。
モデルはマネの友人がアトリエに連れてきた少年と説明されていますが、マネの息子であるという説もあります。吹いている楽器はファイフというもの。背景がなく、遠近法を用いていないこの作品は、ベラスケスや浮世絵に影響を受けたとも。保守派には批判を受けたそうです。

そして、そんなマネを始めとした印象派の画家達から尊敬されていた人物が、クールベです。
市から帰るフラジェの農民たち
こちらは2.7mの大画面の絵画です。当時、大画面は聖書や神話など高貴な物語の専売特許でした。しかし、クールベは一般の農民や労働者を大画面で描いたのです。他にもクールベは、ヌードが許されるのは英雄か女神であった風潮に逆らい、一般女性の裸婦像を描いています。この裸婦像は、マネの「草上の昼食」に影響を与えていそうですね。そして、このようなクールベの絵画はもちろん物議を醸すわけですが、いつの時代も物議を醸すことは良いことです。そうやって芸術は磨かれていくわけですから、と僕は考えます。

一方、印象派とは対立関係にある、保守派の「アカデミスム」の画家カバネルの作品にも魅かれました。
ヴィーナスの誕生
印象派の肩をもつ文学者ゾラが、この絵を批判する言葉を残しています。
「ミルクの川で溺死しているこの女神はまるで美味そうな娼婦だ。ただしこの娼婦は卑しい肉と骨から出来ているのではなく、ピンクや白のマジパン製ではあるが。」
少し挑発的なヴィーナスですが、曲線が美しく、肌の色が柔らかくて個人的には好印象でした。「美味そうなピンクと白のマジパン」というゾラのコメントも、褒め言葉に捉えられなくもないですよね。ナポレオン3世が購入したことにより、箔がついた作品でもあります。

さて、印象派の画家に戻って、個人的に本展覧会で一番気に入った作品がこちらです。
洪水のなかの小舟
印象派の画家シスレーの作品です。自然の脅威を感じさせることなく、そこで暮らす人々の逞しさや洪水が生んだ景色を淡々と描いています。自然を情緒的に描く、まさに典型的な印象派の絵です。3.11以降、このような視点で東北を描ける画家がいれば良かったのになと、今更ながら思ってしまいました。

そして最後はモネ「草上の昼食」
  モネ草上
マネの「草上の昼食」をオマージュし、さらに真ん中に座る黒い服の男性はクールベ、という具合に尊敬している画家の影響を大きく受けている作品です。ちなみにこの作品、クールベが大家に賃料の代わりに渡していた時期があるのですが、保存方法が悪くカビがはえてしまい、その結果カビを切り取らざるを得ず、このような不思議な形になってしまったそうです。

久々の展覧会、大好きな印象派の絵画に囲まれて幸せな時間でした。